「なりたい」と「やりたい」


 あなたの将来の夢は何?何になりたいの?
 大人はよく、そうたずねる。

 

「私は、◯◯になりたい。」

 

 私はずっと、この答え方が苦手だった。

 

 例えば、"教師"や"会社員"、"パン屋さん"なんていう「職業」があって、そこに当てはまる自分になる宣言を求められているように感じたから。

 

 確かに、外側を規定するのは、輪郭が見えやすく、分かりやすい。

 

「私は、笑顔を作る仕事をしています。」
ではピンとこないけれど、
「私は、カフェを経営しています。」とか、
「私は、雑貨屋の店員をやってます。」
というと、具体的なイメージが湧いて、なんとなく納得する。

 

 小・中学生の頃の昼休み、いつもみんなで絵を描いて遊んでいた。
 どこから絵を描く?なんて話もした。

私は輪郭から。私は右のほうから。
 描きながら考えていたあの頃は、様々な答えが出た。

 

 当時のように、描くこと自体を楽しむだとか、目の前の形を再現することを目指していない場合はそれも1つの正解。

 

 ただ、それはしっかりと目に見えるものを形にしていく方法としては心許ない。

 

 方法論としての、形を再現するデッサンは、まず、全体の印象をとらえるところから始める。
大きな外側ではなく、内側の部分から描き始めたらどうなるか。


 何か超人的な特殊スキルでも身につけていない限り、小さなズレが積み重なって、描こうとした物とはかけ離れた印象になってしまう。

 

「◯◯になりたいから△△をする。」
「 △△をしたいから、◯◯が合っていると思う。」

 

 いつも、前者の考え方ばかりしていたけれど、長い目で見たときにまず大事なのは後者の考え方のように思う。